2026年6月28日日曜日

第49回D問題 第1問 自殺企図(薬物過量服薬)における傷病者の拒否的な「意思表示」に対し、救急隊が命を救うために強制力を伴う搬送・介入を行った根拠を、医療倫理・生命倫理の基本原則(ビーチャムとチルドレスの4原則など)に基づいて学術的に整理できるかを問う問題

1 22歳の女性。数年来、双極性障害で通院している。過剰服薬による救急搬送も複数回あり、現在は自宅療養中で両親と同居している。母親が部屋に行くと、呼名に反応がなく、「死なせてほしい」というメモと多数の薬の空シートがあったため、救急要請した。
 救急隊到着時観察所見:意識JCS 100。呼吸数12/分。脈拍52/分。血圧78/56 mmHg。嘔吐の痕跡もあった。救急隊は重症と判断し、二次救急医療機関への搬送を行った。
 本人の意思表示があったにもかかわらず救急隊が搬送した行動は、生命倫理に関する原則のどれに該当するか。1つ選べ。
1 自律の尊重
2 人間の尊厳
3 善行の原則
4 無危害の原則
5 公正・正義の原則

解答 3

解説:生命倫理の原則と救急活動のバッティング

医療現場(特に救急医療)では、傷病者の権利と医療従事者の義務が衝突することが多々あります。本症例の状況を倫理原則の視点から紐解きます。

  • 3 善行の原則(正解):

    • 善行の定義: 医療従事者は、傷病者の利益になること(命を救う、健康を回復させる、苦痛を取り除く)を積極的に行うべきであるという原則です。

    • なぜ該当するのか: 傷病者は「死なせてほしい」というメモを残し、搬送に対する拒否的な意思表示(自律の意志)を示していました。しかし、救急隊は「JCS 100(昏睡・覚醒しない状態)」かつ「血圧78/56 mmHg(ショック状態)」という、放置すれば確実に死に至る超重症の生命の危機に直面しています。

    • 救急隊は、本人の言葉(意思表示)よりも「目の前の命を救うこと(最善の利益=善行)」を最優先し、二次救急医療機関へ搬送しました。この、傷病者の自律をあえて制限してでも利益をもたらそうとするアプローチを、倫理学では「 paternalism( paternalistic beneficence:親権的・家父長制的善行)」と呼び、自殺企図などの緊急事態において強く正当化されます。

他の選択肢の分析(なぜ選べないのか)

  • 1 自律の尊重(じりつのそんちょう): 自分のことは自分で決めるという「自己決定権」を尊重する原則です。もし救急隊が「本人が死にたいと言っているから、その意思を尊重して搬送せずに帰ろう」と判断した場合、この原則に従ったことになります。しかし、今回はその意思表示に反して搬送しているため、この原則は「あえて制約された(上書きされた)」側になります。

  • 2 人間の尊厳(にんげんのそんげん): すべての人間を手段としてではなく、それ自体を目的としてかけがえのない存在として扱うという包括的な倫理概念です。本質的なベースにはありますが、今回の「本人の拒絶を押し切って介入した具体的行動」を直接的に裏付ける4原則のカテゴリーとしては、「善行」がより最適で直接的な解となります。

  • 4 無危害の原則(むきがいのげんそく): 「傷病者に害を与えてはならない(Do no harm)」という、医療の最も古い原則(ヒポクラテスの誓い)です。今回の救急隊の行動は、放置されることで生じる「死亡」という最大の危害を防ぐための積極的な利益誘導(善行)として動いているため、不作為の害を防ぐ「無危害」よりも、救命という「善行」の色彩が強く出た行動といえます。

  • 5 公正・正義の原則(こうせい・せいぎのげんそく): 医療資源やケアを、社会的・経済的地位や年齢などに関わらず、すべての人が公平・平等に受けられるように配慮する原則です。トリアージの優先順位決定などで重視されますが、本症例の「本人意思 vs 救命措置」の対立軸の解説には当てはまりません。

救急救命士としての臨床・法医学的視点:意思決定能力の評価

  1. 「自律の尊重」が成立するための大前提: 救急現場において、傷病者の「拒否する意思」を尊重して不搬送とする(自己決定を認める)には、傷病者に『十分な意思決定能力(Competency)』があることが絶対条件です。

    • 本症例では、元々「双極性障害」という精神疾患の治療中であり、さらに多量の薬物服薬によって「JCS 100」という重度の意識障害(脳機能不全)に陥っています。

    • この状態の傷病者は、自身の置かれた状況や治療の必要性を正しく認識・判断する「意思決定能力が完全に消失している」とみなされます。したがって、メモに何と書かれていようとも、現在の本人の意思表示は倫理的・法的に有効な「自律」とは認められません。

  2. 救急隊員の免責(緊急避難・正当業務行為): 本人の同意なく身体を拘束したり車内に収容して搬送することは、一見すると逮捕・監禁罪や傷害罪などの違法性を問われそうに見えます。しかし、意思決定能力のない重症傷病者に対する救急搬送は、刑法第37条の「緊急避難」、あるいは精神保健福祉法等の精神に則った「正当業務行為」として違法性が阻却(免責)されます。「迷ったら救命(善行)」が、救急現場における鉄のルールです。

まとめ:意思決定能力を失った自殺企図の重症者 = 自律の尊重(自己決定)は適用できない = 命を救うという最大の利益を最優先する『善行の原則(3)』に基づいて、ただちに強制搬送せよ!」 医学的な手技や判断だけでなく、現代の救急救命士に必須とされる「医療倫理の引き出し」と、現場での法的・倫理的葛藤をクリアにするための判断軸を鋭く問う名問です。

第49回D問題 第2問 傷病者の背景(高齢、血痰、乾性咳嗽、るいそう・体重減少)から、救急現場における重大な感染症である「活動性肺結核」を疑い、適切な感染防御を実践できるかを問う問題

2 78歳の男性。数日前からの血痰があり、呼吸困難で救急要請した。
 救急隊到着時観察所見:意識清明。呼吸数28/分。脈拍102/分、整。血圧96/42 mmHg。SpO2値 92%。るいそうを認める。1か月前からの乾性咳嗽と体重減少とを認めたという。
 この傷病者への救急隊活動でどの感染予防策が必要か。1つ選べ。
1 経口
2 接触
3 飛沫
4 空気
5 エアロゾル

解答 4

解説:病態の推測と感染経路のロジック

傷病者のエピソードと観察所見を整理すると、1つの古典的かつ警戒すべき感染性疾患が浮かび上がります。

  • 結核を疑う4大キーワード:

    1. 血痰(けったん): 肺の組織が病変によって破壊されているサインです。

    2. 乾性咳嗽(かんせいがいそう): 1か月前からの長引くしつこい咳。

    3. るいそう(極度の痩せ): 慢性の消耗性疾患に特徴的な外貌。

    4. 体重減少: 結核などの慢性感染症や悪性腫瘍(肺がんなど)で典型的にみられる全身症状。

  • これらが揃っている高齢男性の急性呼吸困難であるため、現場の救急救命士はまず「活動性肺結核(排菌あり)」を最優先で疑う必要があります。

なぜ「空気感染予防策」なのか?

  • 空気感染(飛沫核感染)の機序: 結核菌は、咳によって飛び散ったしぶき(飛沫)の水分が蒸発し、さらに細かくなった「飛沫核(ひまつかく:5 µm 未満)」の状態で空気中を長時間フワフワと漂います。

  • インフルエンザなどの「飛沫感染(1~2メートルで地面に落ちる)」とは異なり、空気感染する病原体は、同じ部屋や狭い救急車内の空気を共有しているだけで、呼吸を通じて肺の奥深くまで吸い込んでしまう強力な感染力を持っています。

  • そのため、救急隊員は通常のサージカルマスクでは防げず、微粒子をブロックできる N95マスク(またはそれ以上の高機能マスク)の着用を必須とする「空気感染予防策」を展開しなければなりません。

他の選択肢の分析

  • 1 経口: 感染者の便や嘔吐物に汚染された食べ物・水を口にすることで感染する経路(ノロウイルス、コレラ、A型肝炎など)です。

  • 2 接触: 皮膚や粘膜の直接的な接触、または汚染された手すりや資器材を介して感染する経路(MRSAなどの多剤耐性菌、疥癬、流行性角結膜炎など)です。ガウンや手袋が主役となります。

  • 3 飛沫: 咳やクシャミのしぶき(5 µm 以上)を直接浴びることで感染する経路(インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎、百日咳など)です。通常のサージカルマスクやアイシールドで防御します。

  • 5 エアロゾル: 医療行為(気管挿管や吸引など)によって人工的に発生する細かい霧状の粒子を介した感染経路です。特定の状況下で警戒されますが、結核菌のベースとなる本質的な感染対策の分類としては、国試・ガイドライン上「空気感染」が正当な定義となります。

救急救命士としての臨床的視点:現場の「防衛線」と車内管理

  1. 「N95マスク」は誰が着けるべきか?: 空気感染対策において、最も重要な原則があります。

    • 救急隊員: N95マスクを隙間なく(フィットテスト・ユーザーシールチェックを確実に行って)着用します。

    • 傷病者(患者): サージカルマスク(通常のマスク)を着用させます。患者にN95マスクをつけさせると、呼吸の抵抗が強すぎて呼吸困難(SpO2 92%)をさらに悪化させてしまうため原則禁忌です。サージカルマスクであっても、口元からの飛沫・飛沫核の飛散を抑える(ソースコントロール)効果は十分にあります。

  2. 救急車内の「換気換気換気」: 肺結核を疑う傷病者を収容した車内は、実質的に「密閉された空気感染リスク空間」になります。走行中は運転席と患者室の隔壁(窓)を完全に閉鎖し、患者室の換気扇を「強」で作動させ、さらに窓を少し開けるなどして、常に前動的な換気を行います。

  3. 医療機関への正確なマルチ情報伝達: 搬送先の選定(病院選定)の際、単に「呼吸困難の78歳男性」とだけ伝えて搬送すると、病院到着後に一般の外来や救急外来のブースにそのまま入れられてしまい、院内感染(アウトブレイク)を引き起こす致命的な原因になります。必ず「1か月前からの咳嗽、体重減少、るいそうがあり、肺結核による空気感染のリスクを否定できません」と明確にトリアージ情報を送り、病院側が「陰圧隔離室」などの受け入れ準備を整えられるように配慮するのがプロの救急連携です。

まとめ:高齢者の長引く咳 + 体重減少(るいそう) + 血痰 = 肺結核を最優先警戒 = 菌が空気中をフワフワ漂うため、隊員は『N95マスクによる空気感染予防策』を一択で選択せよ!」 救急隊自身の身の安全を守り、かつ医療圏全体の院内感染を防ぐための「現場でのファーストインプレッション(一発で見抜く力)」を厳格に問う、臨床的価値が非常に高い良問です。

第49回D問題 第3問 救急救命士自身のメンタルヘルスに関わる重要テーマ「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の診断基準と、その特徴的な症状分類を正確に区別できるかを問う問題

3 薬物過量服用の26歳男性を救急搬送した。救急要請したのは傷病者の母親であった。現場到着すると、傷病者は病院搬送されることに不服を唱え、母親を罵倒していた。状況聴取のため傷病者に近づくと、突然顔面を殴られた。その後長時間説得を行い、傷病者は搬送に同意した。

 その1か月後から、(A)特に契機なくそのことが繰り返し脳裏に浮かび、(B)思い出すたび胸苦しくなって気分が悪くなった。(C)そのことについて署で話すことに嫌悪を感じ、(D)薬物過量服用傷病者の出場指令の時には出場したくない気持ちになった。(E)些細なことにいらだち、小さな物音にも過敏に反応するようになった。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)の覚醒症状に該当するのはどれか。1つ選べ。

1 A

2 B

3 C

4 D

5 E


解答 5


解説:PTSDの4大症状と「覚醒症状」の定義

救急隊員が現場で暴力を受けるなど、強い恐怖や生命の危険を感じるトラウマ(心的外傷)を経験した後に発症するPTSDには、主に4つの中心的な症状の柱があります。

精神医学の診断基準(DSM-5)に基づき、それぞれの記述(A〜E)がどの症状に分類されるかを整理すると以下のようになります。

選択肢症状の記述PTSDの症状分類解説
1 (A)特に契機なくそのことが繰り返し脳裏に浮かぶ侵入症状(フラッシュバック)自分の意志とは無関係に、当時の記憶や映像が鮮明に蘇ってしまう症状です。
2 (B)思い出すたび胸苦しくなって気分が悪くなった侵入症状に伴う生理的反応記憶が蘇った際に、動悸や胸苦しさといった身体的なストレス反応が出る状態です。
3 (C)そのことについて署で話すことに嫌悪を感じる回避症状トラウマに関連する思考、感情、またはそれについて話すことを極力避けようとする行動です。
4 (D)薬物過量服用傷病者の出場指令の時には出場したくない気持ちになった回避症状(状況の回避)当時と類似した状況や場所、指令(トリガー)から物理的・心理的に距離を置こうとする反応です。
5 (E)些細なことにいらだち、小さな物音にも過敏に反応するようになった過覚醒症状(覚醒度と反応性の著しい変化)神経が常に張り詰め、警戒態勢が解けない状態です。**「イライラ」「過剰な驚愕反応(物音に過敏)」「不眠」**などがこれに該当します。

したがって、明確に「過覚醒(かかくせい)」の状態を示している E(選択肢5) が正解となります。

救急救命士としての臨床・職場管理の視点:現場の安全とピアサポート

  1. 現場における「安全管理」の再徹底:

    本症例では「病院搬送に不服を唱え、母親を罵倒していた」という明確な興奮・不穏状態のサイン(MISTなどの不穏評価)がありました。精神科救急や薬物中毒、酩酊事案などでは、傷病者が突然攻撃的になるリスクを常に予期しなければなりません。不用意に間合い(パーソナルスペース)を詰めず、必要に応じて警察官の臨場(現場同行)を躊躇なく要請するなど、隊員の身の安全を最優先にする活動(シーンサーベイ)が臨床でも鉄則です。

  2. 身体の傷だけでなく「心の傷」への即時介入:

    もし隊員が暴言・暴力を受けたり、悲惨な現場(小児の心停止や凄惨な交通外傷など)を経験した場合は、周囲のサポートが不可欠です。事案終了直後に、チーム内で事実や感情を共有して整理するデブリーフィング(ピアサポート)を適切に行い、ストレスを一人で抱え込ませない職場環境づくり(ストレスマネジメント)が現代の消防組織において極めて重要視されています。

  3. 症状が続く場合の適切な受診:

    こうしたトラウマによる症状(眠れない、イライラする、出場指令の音が怖いなど)が「1か月以上」持続し、日常生活や業務に支障が出ている場合がPTSDの目安となります。気合や根性で解決しようとせず、速やかに産業医や精神科・心療内科などの専門医療機関に繋げる体制が、組織の安全管理として求められます。

まとめ:

トラウマ後に神経が尖りっぱなしになる = 神経過敏やイライラ = 『過覚醒症状(E)』の兆候 = 隊員のメンタルヘルスケアを最優先せよ!

救急活動の医学的知識だけでなく、隊員自身の身を守り、持続可能な活動を維持するための重要な労務・安全管理の知識を問う、現代の救急医療において非常に今日的な価値を持つ一問です。

第49回D問題 第4問 意識障害を伴う超重症傷病者に対し、現場の救急隊が「今、何よりも最優先で介入すべき致命的な異常(Killer Symptom)はどれか」を瞬時に見極める、救急医学のABCDEアプローチ(初期的評価)の基本かつ最重要の原則を問う問題

4 54歳の男性。慢性腎不全で透析を週3回行っている。自宅で倒れているところを家族が発見して救急要請した。

 救急隊到着時観察所見:意識JCS 200。呼吸数6/分、失調性。脈拍60/分、整。血圧200/120 mmHg。SpO2値 93%。瞳孔は左右ともに2mmで対光反射はなかった。

 直ちに行うべき対応はどれか。1つ選べ。

1 気道吸引を行う。

2 補助換気を行う。

3 AEDパッドを貼付する。

4 酸素(10L/分)を投与する。

5 声門上気道デバイスの指示要請を行う。


解答 2


解説:なぜ「補助換気(Bへの介入)」が最優先なのか

救急現場における評価・処置の絶対原則は「生命の危機に直結する異常(A:気道、B:呼吸、C:循環)から順番に治療する」というルールです。本症例のバイタルサインをこの優先順位に当てはめて評価します。

  • 2 補助換気を行う(正解):

    • 呼吸の致命的異常(Bの破綻): 傷病者の呼吸状態を見ると、「呼吸数6/分、失調性」となっています。成人の正常な呼吸数は12〜20/分であり、6/分は極端な徐呼吸(呼吸が遅すぎる状態)です。さらに「失調性呼吸」は、脳幹にある呼吸中枢が重大なダメージを受けているときに出現する異常な呼吸パターンであり、放っておけば数分以内に呼吸停止、続いて心停止(非対称性心停止)に至る超危険な状態です。

    • ただちにBへの介入: SpO2が93%と低下しているだけでなく、この呼吸数では体内の二酸化炭素を全く排出できず、重篤な二酸化炭素貯留(高炭酸ガス血症)と進行性の酸欠に陥っています。リザーバーマスクで酸素を当てるだけ(自発呼吸に頼る方法)では全く換気量が足りないため、救急隊の手でバッグバルブマスク(BVM)を用いた人工呼吸(補助換気)を今すぐ開始しなければなりません。

他の選択肢の分析(なぜ最優先ではないのか)

  • 1 気道吸引を行う(Aの介入): 気道(喉や口の中)に唾液や嘔吐物、血液などが詰まってゴロゴロ音がしている(吸気時喘鳴)ような所見(Aの閉塞)があれば吸引が必要ですが、本症例の観察所見には「気道閉塞や分泌物の貯留」を示唆する記載はありません。

  • 3 AEDパッドを貼付する(Cの介入): AED(自動体外式除細動器)のパッドを貼る、あるいは心電図モニターをつけるのは「循環(C)」の評価・対応です。本症例は「脈拍60/分、整」「血圧200/120 mmHg」と、心臓はまだしっかりと動いており、心停止(VF/Pulseless VTなど)ではありません。今やるべきは、心停止に「させない」ための呼吸管理(Bへの介入)です。

  • 4 酸素(10L/分)を投与する(Bの介入): 前述の通り、本症例は「呼吸数が6回しかなく、しかも呼吸の深さやリズムがバラバラ(失調性)」です。これではいくらマスクで高濃度の酸素を口元に流しても、肺の奥(肺胞)まで酸素を吸い込むことができません。マスクを当てるのではなく、空気を押し込んであげる「補助換気」が必要です。

  • 5 声門上気道デバイスの指示要請を行う(特定行為): JCS 200の深昏睡であり、呼吸不全があるため、将来的に声門上気道デバイス(i-gelやLMAなど)による「高度な気道管理」を行うことは間違いではありません。しかし、これは「医師の具体的な指示」が必要な特定行為であり、電話をかけて要請している間にも傷病者は酸欠で心停止してしまいます。指示要請を行う前に、まずは手元のバッグバルブマスクですぐにできる補助換気を行い、酸素化を維持するのが鉄則です。

救急救命士としての臨床的視点:この傷病者の背景に潜む病態

国試の応用として、この傷病者が「なぜこのような状態になったのか」の臨床推理(プロブレムリスト)も頭に浮かべる必要があります。

  1. 慢性腎不全(透析週3回)というキーワード: 透析患者さんが自宅で昏睡・失調性呼吸・血圧200 mmHgで倒れている場合、救命士が最も警戒すべき病態は以下の2つです。

    • 頭蓋内出血(脳出血・くも膜下出血): 透析患者さんは動脈硬化が進みやすく、シャント維持のために抗凝固薬(血をサラサラにする薬)を飲んでいることが多いため、脳出血のリスクが非常に高いです。血圧200 mmHgや失調性呼吸、対光反射消失は、脳出血による脳幹圧迫(脳ヘルニア)の進行を強く疑わせます。

    • 重症高カリウム血症: 透析と透析の間にカリウムが溜まると、致死的な不整脈を引き起こします。本症例は脈拍60/分と保たれていますが、いつ心停止(心静止やテント状T波からのVF)に移行してもおかしくありません。

  2. 現場活動の流れ: 隊長が「補助換気開始!」と指示を出し、隊員がBVMで換気を始めて酸素化(SpO2と顔色)の維持を図ります。それと同時に、もう一人の隊員が医療機関選定(脳外科・透析対応が可能な救命センター)を進め、車内収容後は医師への特定行為(静脈路確保や気道管理)の指示要請を並行して行います。

まとめ:JCS 200 + 呼吸数6回(失調性) = 今すぐ呼吸が止まる超危険サイン = 指示要請やただの酸素投与ではなく、手元のバッグで今すぐ『補助換気』を開始せよ!」 救急外傷・内科を問わず、すべての救急活動の根幹である「生命維持のための優先順位(ABCの原則)」を徹底できているかを試す、国試必修レベルの極めて重要な一問です。

第49回D問題 第5問 重い機械などに胸部が長時間にわたって強く挟まれた(圧迫された)際に発生する特殊な外傷病態「外傷性窒息」の特徴的な身体所見を見抜く問題

5 30歳の男性。工場でプレス機械に胸部を挟まれ、同僚が救急要請した。

 救急隊到着時観察所見:意識JCS 100。呼吸数24/分。脈拍112/分、整。血圧140/80 mmHg。SpO2値 95%。プレス機械からの救出し5分を要したとのことである。

 この傷病者の顔面の観察で認められるのはどれか。1つ選べ。

1 眼球陥凹

2 眼球突出

3 眼球結膜黄染

4 眼瞼結膜蒼白

5 眼瞼結膜点状出血


解答 5


解説:外傷性窒息(圧迫性窒息)のメカニズム

傷病者は「工場でプレス機械に胸部を挟まれる」という、極めて強い持続的な胸部圧迫を受けています。この状況下では、体内で以下のような劇的な流体力学的変化が起こります。

  • 5 眼瞼結膜点状出血(正解):

    • 静脈の逆流と破綻: 胸が強烈にプレスされると、胸腔内の圧力(胸腔内圧)が異常な高値になります。すると、頭や顔から心臓へ戻ろうとしていた上大静脈の血液が、行き場を失って頭部・顔面へと猛烈な勢いで逆流します。

    • 毛細血管のパンク: 特に、静脈の「弁(逆流を防ぐ仕組み)」が乏しい頭頸部や目の周りにおいて、急激な圧の急上昇(静脈圧の急騰)に耐えきれなくなった細い毛細血管がプツプツと破裂します。これによって、まぶたの裏(眼瞼結膜)や白目の部分に、無数の赤い点(点状出血)が出現します。

    • 同時に、顔面から首にかけてが赤黒く鬱血(チアノーゼ)する「マスケ・エキモティーク(うっ血仮面)」と呼ばれる特異な顔貌を呈するのが、外傷性窒息の教科書通りの決定的な特徴です。

他の選択肢の分析(なぜ不適切なのか)

  • 1 眼球陥凹(がんきゅうかんおう): 目が奥に引っ込む症状です。極度の脱水状態(前述の糖尿病性昏睡など)や、目を囲む骨が折れる「眼窩吹き抜け骨折(ブローアウト骨折)」などで見られる所見であり、胸部圧迫による静脈圧上昇のサインとは関係ありません。

  • 2 眼球突出: 目が前へ飛び出す症状です。バセドウ病(甲状腺機能亢進症)や眼窩内の腫瘍、あるいは頸動脈海綿静脈洞瘻(CCF)などの血管異常でみられますが、本症例の急性外傷における典型的な合併症ではありません。

  • 3 眼球結膜黄染(おうせん): 白目が黄色くなる症状、いわゆる「黄疸(おうだん)」です。肝不全、胆石症、溶血性貧血などでビルビンが血液中に増えた際に見られる内科的所見です。

  • 4 眼瞼結膜蒼白(そうはく): まぶたの裏が真っ白になる、著しい「貧血」のサインです。大腿動脈の破綻(第6問)や体腔内(胸腔・腹腔)への大出血による「出血性ショック」が進行した場合には見られますが、本症例は血圧140/80 mmHgと高く、病態の本質は出血(ボリューム不足)ではなく「圧迫による静脈の鬱滞」であるため、蒼白ではなく逆に赤黒く鬱血します。

救急救命士としての臨床的視点:外傷性窒息の「隠れた大敵」への警戒

  1. 「挟まれていた時間(5分)」の意味: エピソードにある「機械からの救出し5分を要した」は重要です。もしこれが数時間におよぶ全身や四肢の圧迫であれば、筋肉が壊死して有害物質が血液に一気に流れ込むクラッシュ症候群(壊死組織の開放に伴う高カリウム血症や心停止)を最優先で警戒しなければなりませんが、今回は5分間かつ「胸部単独」の圧迫であるため、病態の主役はクラッシュ症候群よりも、この「外傷性窒息」による急性頭部鬱血・低酸素脳症(JCS 100の原因)になります。

  2. 見た目の派手さに騙されず、胸の中(内臓損傷)を疑う: 眼瞼結膜の点状出血や顔面の激しいチアノーゼは非常にインパクトがあるため、救急隊は顔の観察に気を取られがちです。しかし、プレス機械に挟まれるほどの力が胸に加わったということは、胸の骨(肋骨動揺胸:フライルチェスト)の骨折、肺挫傷、さらには心挫傷や大血管の損傷(大動脈破裂など)が水面下で進行している可能性が極めて高いです。

  3. 現場での優先処置: JCS 100、SpO2 95%と、脳の酸欠や胸部外傷による呼吸不全が始まっています。ただちに高流量酸素を投与し、胸の動きに左右差がないか(気胸の合併がないか)を聴診器で素早く確認します。血圧が140 mmHgと保たれているうちに、外科的処置が即座に可能な救命救急センターへの超迅速搬送(ロード&ゴー)を開始します。

まとめ:胸部の強力なプレス(機械挟まれ) = 頭部への静脈血の猛烈な逆流 = 目の細い血管が耐えきれずパンク = 『眼瞼結膜の点状出血』を見逃すな!」 受傷機転(どのようにケガをしたか)の物理的なメカニズムが、どのような身体所見として顔面に現れるかを美しく論理的に結びつけた、外傷医学の真髄とも言える良問です。

第49回D問題 第6問 外傷救護の標準プロトコール(JPTECなど)に基づき、傷病者の受傷機転と身体所見から、「本当に必要な処置」と「ルーチンで行うべきではない処置」を正確に選別できるかを問う、きわめて実践的な問題

6 21歳の男性。友人と口論となりナイフで刺されたため、本人が救急要請した。
 救急隊到着時観察所見:大腿部を押さえて座っており、意識清明。呼吸数32/分。脈拍108/分、整。血圧120/70 mmHg。ナイフは抜去されており、大腿部より拍動を伴う活動性出血を認める。直ちに(A)創部の圧迫止血を行い、リザーバー付きフェイスマスクを用いて(B)高流量酸素投与を行なった。(C)全身観察を行なった後、バックボードを用いて(D)脊椎運動制限(SMR)を行い、(E)搬送先に救命救急センターを選定した。
 必要でないと考えられる対応はどれか。1つ選べ。
1 A
2 B
3 C
4 D
5 E

解答 4

第6問は、外傷救護の標準プロトコール(JPTECなど)に基づき、傷病者の受傷機転と身体所見から、「本当に必要な処置」と「ルーチンで行うべきではない処置」を正確に選別できるかを問う、きわめて実践的な問題です。

正解は 4 D(脊椎運動制限:SMR) です。

解説:受傷機転の評価と固定(SMR)の適応

傷病者は21歳の若い男性で、ナイフによる「大腿部の刺創(鋭的外傷)」を負っています。救急隊が行った一連の対応(A〜E)のうち、Dの脊椎運動制限(バックボードによる固定)だけが、この症例において「必要ない(むしろ不適切)」と判断されます。

  • 4 D(脊椎運動制限:SMR)が必要ない理由:

    • 適応の不一致: 脊椎運動制限(SMR: Spinal Motion Restriction)は、高所転落、交通事故、重いものの下敷きといった「体幹に大きな衝撃(軸圧や過伸展・過屈曲)が加わる高エネルギー鈍的外傷」において、脊髄損傷を悪化させないために行うものです。

    • 鋭的外傷における例外: 本症例のようなナイフによる刺傷や銃創などの「体幹・四肢の鋭的外傷(穿通外傷)」では、脊椎への直接的な力(墜落などの衝撃)が加わっていない限り、原則として脊椎固定(バックボードの固定)は推奨されません

    • 固定によるデメリット: 不要なバックボード固定を行うことは、現場滞在時間を無駄に延ばすだけでなく、背部創の見落としに繋がったり、傷病者の呼吸を苦しくさせたり、痛みを増強させるなど、デメリットの方が上回ります。

他の選択肢(すべて必須の適切な対応)の分析

  • 1 A(創部の圧迫止血): 大腿部から「拍動を伴う活動性出血」を認めています。これは主要な動脈(大腿動脈など)が損傷している絶対的なサインであり、放置すれば数分で出血性ショック死に至るため、最優先で直接圧迫止血(または止血帯:ターニケットの適応)を行います。外傷救護における「X(致命的出血の制御)」の原則です。

  • 2 B(高流量酸素投与): 呼吸数32/分(頻呼吸)であり、大出血による「出血性ショックの初期(代償期)」に入っています。組織の酸素欠乏を防ぐため、リザーバー付きマスクによる高流量酸素投与は必須です。

  • 3 C(全身観察): 本人が大腿部を押さえていても、他に刺された場所(胸部や腹部、背部など)が隠れている可能性があります(複数箇所を刺されているリスク)。服を切り開いて全身をくまなく目視する全身観察は絶対に省略できません。

  • 5 E(救命救急センターの選定): 大腿動脈損傷が疑われる活動性外傷出血であり、一刻を争う緊急血管結紮術や輸血、外科的介入が必要です。専門の外科・救急医が揃う救命救急センターへの即時搬送(ロード&ゴー)の選択は100%正しいです。

救急救命士としての臨床的視点:外傷現場での「思考の硬直」を防ぐ

  1. 「外傷 = とりあえずバックボード」からの脱却: 一世代前の救急活動では、外傷があれば判で押したようにバックボードに縛り付ける活動が見られましたが、現在の国際基準および国内プロトコール(JPTEC)では、「不必要な固定は百害あって一利なし」として、受傷機転とNEXUSルール等のクリア基準に基づいた厳格な適応判断(SMRの至適化)が徹底されています。

  2. 直接圧迫で止まらない場合のバックアップ: 本症例は大腿部(四肢)の動脈性出血です。もし手による力いっぱいの直接圧迫止血でも血が止まらない(あるいは手足がズタズタで圧迫できない)場合は、迷わず止血帯(ターニケット)を創部より中枢側(付け根側)に強固に巻き付け、拍動と出血が完全に止まるまで締め上げる手順が車内・現場で即座に展開されます。

まとめ:ナイフの刺し傷(鋭的外傷) + 脊椎への強い衝撃なし = 首や背中をガチガチに固定(SMR)する必要はなし = それよりも1秒でも早く血を止めて(圧迫止血)、手術室へ直行(救命センター選定)せよ!」 教科書通りのルーチンワークに縛られず、傷病者の受傷機転に合わせて本当に必要な処置をトリアージできるかを問う、非常に洗練された良問です。

第49回D問題 第7問 急性心筋梗塞(AMI)の超初期バイタルと、救急現場から医療機関への電送心電図による迅速な連携(カテーテル治療への直行判断)をテーマにした、きわめて重要な問題

 7 65歳の男性。胸部不快感から徐々に痛みが強くなり救急要請した。

救急隊到着時観察所見:意識清明。呼吸数16/分。血圧160/88 mmHg。SpO2値 96%。顔面蒼白と冷汗とを認める。心電図モニター波形を救命救急センターへ送信したところ、医師からカテーテル治療のため直ちに搬送するよう指示があった。

 最も考えられる心電図モニター波形は図(別冊No.5)のどれか。1つ選べ。

1 A

2 B

3 C

4 D

5 E



解答 3


解説:病態の推測とカテーテル治療(PCI)へのロジック

傷病者は「胸部不快感から徐々に痛みが強くなった」という典型的な虚血性心疾患の経過をたどっており、さらに「顔面蒼白」「冷汗」を伴っています。これは劇症的な交感神経緊張、あるいは心機能低下に伴う末梢血管収縮(ショックの一歩手前)を示唆する、急性心筋梗塞(AMI)の強力なサインです。

  • なぜ「C(ST上昇)」が正解なのか:

    • 指示の決定打: 医師がモニター波形を見ただけで「カテーテル治療(PCI)のため直ちに搬送するよう指示」した、という部分が最大のヒントです。

    • 冠動脈が完全に閉塞した「ST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)」では、1分1秒でも早く閉塞血管を再開通させる(カテーテルでバルーンを膨らませたりステントを入れる)必要があります。そのため、心電図上の「ST上昇」を確認した時点で、救命センターの医師はカテーテル室(アンギオ室)のスタッフを緊急招集し、救急車から直接カテーテル台へ上げるための超迅速搬送を指示します。

臨床的な心電図の読み方:ST上昇(STEMI)のカタチ

実際の試験(別冊図)における「C」の波形は、上の参考画像(V4〜V6などに見られる波形)のように、QRS波が終わった直後の部分(STセグメント)が、基線(等電位線)よりもガツンと上に持ち上がった形をしています。

このST上昇は、心筋の壁が「全層性」に激しい虚血(酸素不足から壊死へ向かう状態)に陥っていることをリアルタイムに証明する、救急現場における最重症サインの1つです。

救急救命士としての臨床的視点:現場での「トリアージ」と「電送」の価値

  1. 血圧160/88 mmHgの落とし穴:

    到着時、血圧は160 mmHgと高値を示しています。「血圧が高いからショックではない、まだ大丈夫」と油断してはいけません。これは強い胸痛と恐怖による交感神経の過剰興奮(代償機序)によるものであり、心筋の壊死が広がれば、前述の第10問のように一気に血圧測定不能の心原性ショックへ転落するリスクを秘めています。

  2. 12誘導心電図の伝送(テレメトリー)の意義:

    救急隊が現場や車内で12誘導心電図を測定し、それをドクターカーや救命救急センターへクラウド等で瞬時に電送するシステムは、現代の日本の救急医療において劇的な効果を上げています。

    • Door-to-Balloon Time(病院到着からカテーテルバルーン拡張までの時間)の短縮: 救急車が走っている間に、病院側は「梗塞部位(前壁か下壁かなど)」まで把握し、カテーテル治療の準備を100%完了させて待つことができます。これにより、心筋の壊死範囲を最小限に食い止め、救命率と社会復帰率を圧倒的に向上させます。

  3. 現場での処置の優先順位:

    医師から「直ちに搬送」と指示が出た以上、現場での滞在時間を最短(10分以内が目安)にしなければなりません。車内収容後は、速やかに高濃度酸素投与(本症例はSpO2 96%ですが、急性冠症候群で呼吸不全やショックを疑う場合はガイドライン等に準拠して適切に管理)、静脈路確保(点滴)、そして急変(心室細動:VFへの移行)に備えて除細動パッドを直ちに貼り付けるなど、搬送の手を止めずにすべての特定行為・観察を同時並行で行います。

まとめ:

激しい胸痛 + 冷汗 = 心筋梗塞の疑い = 医師が即座にカテーテル(PCI)を指示 = モニター波形は一刻を争う『ST上昇(STEMI)』の一択!

救急現場のスピード感と、医療機関とのホットライン連携のリアルをそのまま反映した、救命士国試において絶対に落とせない極めて実践的な一問です。

第49回D問題 第8問 第8問は、慢性腎不全で血液透析を受けている傷病者に対する、救急現場での適切な身体管理と「透析用シャントの保護(血圧測定部位の選択)」の原則を問う問題

8 64歳の男性。糖尿病、慢性腎不全で血液透析を受けている。起床時より呼吸が苦しくなったため救急要請した。
 救急隊到着時観察所見:意識清明。呼吸数16/分。脈拍72/分、整。四肢に麻痺は認めない。右前腕に透析用シャントを認める。
 血圧測定のためにマンシェットを巻く部位で適切なのはどれか。1つ選べ。
1 右上腕
2 左前腕
3 左上腕
4 右下肢
5 左下肢

解答 3

解説:透析用シャントの保護と血圧測定のルール

傷病者は慢性腎不全の加療中であり、「右前腕に透析用シャント(動脈と静脈をつなぎ合わせた太い血管)」を持っています。

  • 3 左上腕(正解):

    • シャント側の厳禁事項: 透析患者にとって、シャントは命綱(血液透析を行うために不可欠な血管)です。シャントがある側の腕(本症例では右腕すべて)は、マンシェットによる加圧で血管が潰れて血栓ができたり、シャントが閉塞・破綻したりするリスクがあるため、血圧測定や静脈路確保(点滴)は絶対に禁忌(行ってはならない)とされています。

    • 非シャント側の上腕が基本: したがって、右腕を避けた反対側である「左腕」で測定する必要があります。救急現場における成人の標準的な血圧測定部位は「上腕(じょうわん)」であるため、左上腕が最も適切となります。

他の選択肢の分析(なぜ不適切なのか)

  • 1 右上腕: 前述の通り、右前腕にシャントがあるため、同じ右腕の上腕を加圧することもシャント血管の血流を阻害する危険があり不適切です。

  • 2 左前腕: 前腕(手首と肘の間)での血圧測定は、上腕の骨折や低出生体重児など特殊な事情がない限り、標準的な成人男性の測定部位としては選択されません(カフのサイズや動脈の触知性の観点から上腕が優先されます)。

  • 4 右下肢 / 5 左下肢: 下肢(太ももやふくらはぎ)での血圧測定は、両上肢の重度外傷や切断、大動脈解離の疑い(上下肢の血圧差の確認)など、上肢で測定できない、あるいは測定する必要がある特殊な病態に限定されます。本症例は左腕が完全にフリー(健常)であるため、わざわざ下肢を選ぶ必要はありません。

救急救命士としての臨床的視点:透析患者の「シャント」にまつわる現場の掟

  1. 現場に到着したらまず「シャントの有無と位置」を確認: 意識障害がある傷病者や、救急隊に自ら既往歴を話せない患者の場合、不用意に麻痺や怪我の観察をしようとしてマンシェットを巻き、後から「そっちはシャントです!」と家族に指摘されるトラブルは絶対に避けなければなりません。透析患者を疑う、あるいは内科疾患の高齢者に出会った際は、衣服をめくる際に必ず両前腕・上腕(および鎖骨下の人工血管留置ポートなど)を目視し、シャント特有の盛り上がった血管や、手術痕がないかを確認するのがルーチンです。

  2. 触診と聴診によるシャント音の確認(搬送中の観察): もし傷病者がシャント側の腕を怪我していたり、シャント部から出血している(シャントトラブル)などの理由で要請された場合、救急隊はシャント部に軽く手を触れて「ザー、ザー」という微弱な振動(スリル)があるか、または聴診器を当てて「シャント音(雑音:ブリュイ)」が聞こえるかを確認します。これが消失している場合は、シャントが閉塞している(緊急で血管を再開通させる必要がある)重要なサインです。

  3. 透析患者の呼吸困難で裏に隠れる「2大致死的病態」: 本症例は「起床時より呼吸が苦しくなった」とあります。透析患者の突発的な呼吸困難やバイタル異常において、救急救命士が心電図モニター等で最も警戒すべき病態は以下の2つです。

    • 高カリウム血症: 腎臓からカリウムを排泄できないため、透析と透析の間にカリウムが蓄積し、心停止の一歩手前である致死的な不整脈(テント状T波やQRS幅の広大化)を突然引き起こします。

    • 心不全・水分過剰(オーバーフロー): 次の透析までに体内の水分が抜けきらず、心臓に過剰な負荷がかかって急性肺水腫(前述の第15問の病態)を発症し、息苦しくなります。

まとめ:透析患者のシャント = 命綱の血管 = シャントがある側の腕(右腕)での血圧測定・点滴は完全禁忌 = 反対側の『左上腕』で優しく測定!」 患者を守るための医療安全・禁忌事項の基本中の基本を、救急現場の初動に落とし込んで確認する、臨床でも毎日徹底される極めて重要な一問です。

第49回D問題 第9問 頭頸部がん(喉頭がんなど)の手術によって永久気管孔(えいきゅうきかんこう)を持つ傷病者の心停止(CPA)において、解剖学的な特徴を理解し、現場でどのように人工呼吸(換気)を行うべきかを問う非常に実践的な問題

9 70歳の男性。駅で突然倒れたため、妻が駅員を呼び救急要請した。

救急隊到着時観察所見:意識JCS 300。自発呼吸を認めない。頸動脈は触知しない。胸骨圧迫を開始し、バッグ・バルブ・マスクで換気を試みるが、胸郭は挙上せず胃部の膨隆を認める。前頸部を覆うエプロンをめくると永久気管孔が確認できる。妻は「5年前に喉頭がん手術を受けた。」という。

 この傷病者の呼吸管理に必要な器具はどれか。1つ選べ。

1 小児用マスク

2 経鼻エアウェイ

3 経口エアウェイ

4 気管内チューブ

5 声門上気道デバイス


解答 1

解説:永久気管孔の解剖と換気ルートの罠

傷病者は駅で突然倒れ、救急隊が到着した時点ですでに心停止(JCS 300、自発呼吸なし、頸動脈触知なし)の状態です。

  • なぜ口や鼻からの換気(BVM)で胸が上がらないのか?:

    • 解剖学的な遮断: 喉頭がんの手術などで「喉頭全摘出術」を受けた傷病者は、咽頭(口や鼻の奥)と気管が完全に切り離されています。

    • 呼吸の通り道は1つだけ: 彼らの鼻や口は、胃へと続く食道にしか繋がっていません。呼吸(空気の出入り)は、前頸部(首の付け根)に作られた「永久気管孔」という穴だけで100%行われています。

    • そのため、救急隊が最初に行った「通常の口と鼻を覆うバッグ・バルブ・マスク(BVM)換気」では、送り込んだ空気がすべて食道から胃へ流れてしまい(「胃部の膨隆」)、肺には1滴も空気が入らないため「胸郭は挙上せず」という状態に陥りました。

  • 1 小児用マスク(正解):

    • 気管孔へのダイレクト換気: この傷病者を救命するためには、口や鼻ではなく、首にある永久気管孔に直接BVMのマスクを押し当てて空気を送り込む必要があります。

    • 成人用の大きなマスクでは、首の細いカーブにフィットせず周囲から空気が漏れてしまいます。そこで、サイズが小さく首の穴(気管孔)をピンポイントで隙間なく覆うことができる「小児用マスク」をBVMの袋(成人用)の先端に付け替えて、首の穴に密着させて換気を行うのが救急医学における大原則です。

他の選択肢の分析(なぜ不適切なのか)

  • 2 経鼻エアウェイ / 3 経口エアウェイ / 5 声門上気道デバイス(i-gelやラリンゲアルマスクなど): これらはすべて「鼻や口から挿入して、喉の奥(咽頭や声門付近)の気道を確保する器具」です。前述の通り、この傷病者は口・鼻の奥と肺が完全に切り離されているため、これらの器具をいくら口や鼻から正しく挿入しても、肺へ空気を送ることは絶対にできません。

  • 4 気管内チューブ: 気管内チューブを首の永久気管孔から直接挿入して換気すること(気管孔への挿管)自体は、手技として行われることがあります。しかし、心停止の現場において、まず何よりも最初に行うべきは「非侵襲的かつ最速で確実な換気の確立」です。チューブを用意して挿入を試みる時間(特定行為の指示要請や手技のタイムロス)をかける前に、手元にあるBVMのマスクを小児用に変えて「即座に首の穴から換気を開始すること」が、脳の低酸素を防ぐために最優先されます。

救急救命士としての臨床的視点:外傷・心停止現場での「衣服の全開」の重要性

  1. 「エプロンをめくると気管孔」という盲点: 永久気管孔を持つ多くの方は、衣服の汚れを防ぐため、あるいは冷気やゴミが直接肺に入らないように、首元をスカーフやエプロン(気管孔カバー)で覆っています。もし救急隊が「衣服を脱がせて全身を観察する」という基本を怠り、口元だけでハァハァと換気を続けていたら、胃をパンパンに膨らませて嘔吐を誘発し、そのまま肺に空気が行かずに100%不成功(死亡)に終わります。「心停止では必ず首元・胸元を露出させて目視する」ことの重要性を教えてくれる問題です。

  2. 気管孔換気時の注意点(口と鼻は塞ぐべきか?): 臨床現場で迷いやすいポイントとして、「首の穴から換気するとき、口と鼻は手で塞がなくていいのか?」という疑問があります。

    • 喉頭「全」摘出(本症例): 完全に分離しているため、口や鼻を塞ぐ必要はありません(首の穴から入れた空気はそのまま肺にしか行きません)。

    • 一時的な気管切開(喉頭が残っている場合): 喉頭が残っている場合は、首の穴から入れた空気が上(口や鼻)に抜けてしまうことがあるため、その場合は口と鼻を手で閉じる必要があります。本症例は「喉頭がん手術(全摘)」および「永久気管孔」とあるため、分離型として首の穴だけに集中すればOKです。

まとめ:喉頭がん手術 + 首に永久気管孔 = 口と鼻は肺に繋がっていない = 首の穴にフィットする『小児用マスク』をBVMに繋いで、首から直接命の空気を送り込め!」 解剖学の知識がそのまま現場での生死を分ける処置へと直結する、救急救命士として絶対に知っておかなければならない超重要問題です。

第49回D問題 第10問 重症の徐脈性不整脈に起因する心原性ショックの進行に伴い、傷病者の体位をどのように管理・変更すべきかを問う超実践的な問題

10 57歳の男性。強い前胸部痛を訴えたため家族が救急要請した。救急隊到着時、傷病者は居室で座位でおり、この姿勢が楽であるというためその姿勢で観察を開始し救急車に収容することにした。

 救急隊到着時観察所見:意識清明。呼吸数28/分。脈拍40/分、整。血圧85/60 mmHg。体温36.2℃。SpO2値 98%。呼吸音清。現場の心電図モニター波形を図(別冊No.6)に示す。救急車収容後、容態が悪化し、意識JCS 30。呼吸数32/分。脈拍32/分、整。血圧測定不能。SpO2値測定不能。

 容態悪化後の適切な体位はどれか。1つ選べ。

1 起坐位

2 仰臥位

3 側臥位

4 回復体位

5 ファウラー位


解答 2


解説:病態の悪化(非代償期ショック)と体位変換のロジック

傷病者は「強い前胸部痛」と「脈拍40/分、整」という所見から、急性心筋梗塞(AMI)、およびそれに合併した完全房室ブロック(3度AVB)などの重篤な徐脈性不整脈を起こしていると推測されます。

  • 到着時(代償期): 血圧は85/60 mmHgと低下していますが、意識は「清明」に保たれています。本人が「座位(座った姿勢)が楽」と言っているため、心不全による肺うっ血(前述の起坐呼吸の機序)を警戒し、その姿勢のまま救急車に収容したのは適切な判断です。

  • 収容後(容態悪化・非代償期): その後、脈拍はさらに「32/分」まで減少し、血圧が「測定不能(ショックの極期)」に陥り、意識もJCS 30(昏睡・刺激でかろうじて開眼する状態)へと急激に悪化しました。

  • なぜ「仰臥位」にするのか?:

    • 脳血流の確保が最優先: 血圧が測定不能になり意識が低下したということは、脳へ行く血液が完全に足りなくなっている(急性脳虚血)状態です。

    • この状況で座った姿勢(起坐位やファウラー位)を維持し続けると、重力によって血液が下半身に落ちてしまい、脳への血流がさらに途絶えて即座に心停止(心静止など)へ移行します。

    • そのため、直ちにストレッチャーを水平にして仰臥位(仰向け)に寝かせ、重力の影響をなくして少しでも脳や心臓といった生命維持に必要な中心臓器へ血液を還流させる必要があります。

他の選択肢の分析

  • 1 起坐位 / 5 ファウラー位(半座位): 到着時は有効だったかもしれませんが、血圧測定不能・意識障害を来したショックの極期において、体を起こす体位を続けることは脳虚血を致命的に悪化させるため絶対禁忌です。

  • 3 側臥位(横向き) / 4 回復体位: これらは「意識障害があり、自発呼吸や循環(血圧・脈拍)が安定している傷病者」において、嘔吐による窒息(誤嚥)を防ぐために用いる体位です。本症例は循環が完全に崩壊(ショック)しているため、まずは循環不全への対応(仰臥位)が最優先されます。

救急救命士としての臨床的視点:ショック時の体位管理と「心肺蘇生」への構え

  1. 「ショック体位(脚上げ)」は行うべきか?: かつてはショックに対して「下肢挙上(足を高く上げるショック体位)」が推奨されていましたが、現在のガイドラインや臨床においては、心原性ショック(特に急性心筋梗塞や心不全)の傷病者に対して不用意に足を上げると、心臓へ戻る血液(前負荷)が急増し、弱り切った心臓がオーバーフローして心不全や肺水腫を急激に悪化させるリスクがあるため、原則として「水平な仰臥位」にとどめるのがセオリーとなっています(本問題の選択肢にも下肢挙上はありません)。

  2. 心停止(CPA)移行への秒読み段階: JCS 30、脈拍32/分、血圧測定不能、SpO2測定不能というバイタルは、「あと数十秒〜数分で心臓が止まる(PEAまたは心静止になる)」という生体からの最終警告です。

  3. 仰臥位にする「もう1つの重要な理由」: 救急隊が傷病者を仰臥位にするのは、脳血流の維持だけでなく、「いつ心停止しても、その瞬間に胸骨圧迫(心肺蘇生)を開始できるようにするため」です。座った姿勢のままでは有効な胸骨圧迫は絶対にできません。車内では仰臥位にすると同時に、衣服を流れるように脱がせて除細動パッドを貼り、BVM(バッグ・バルブ・マスク)を顔に当てて、いつでも心肺蘇生に突入できるよう全神経を集中させます。

まとめ:胸痛 + 著しい徐脈 = 心筋梗塞による房室ブロック = 血圧が消えて意識が飛んだら、脳血流確保と心停止への即時対応のために『直ちに水平な仰臥位』へ移行せよ!」 病態の変化(代償期から非代償期への移行)をバイタルから瞬時に見抜き、現場での優先順位と体位をガラリと切り替える臨床判断力を問う、非常に緊迫感のある良問です。

2026年6月13日土曜日

第49回D問題 第11問 特徴的なエピソード(長期臥床、下肢の浮腫・疼痛、排便・離床後の突発症状)から、エコノミークラス症候群として知られる「急性肺血栓塞栓症(肺塞栓症)」の病態を完全に見抜く、国試・臨床ともに超重要となる問題

11 68歳の女性。新型コロナウイルス感染症に罹患し、数日前から臥床が続き、左下肢のむくみを認めていた。本日トイレに行った後から急に息苦しくなり、救急要請した。

 救急隊到着時観察所見:意識JCS 2。呼吸数36/分。脈拍120/分。血圧76/52 mmHg。体温38.0℃。SpO2値 75%。異常呼吸音を聴取しない。外頸静脈怒張を認め、左ふくらはぎの痛みを訴える。心電図モニター波形(別冊No.7)を別に示す。酸素投与を行い搬送開始したが、容態変化し心肺機能停止状態となったため心肺蘇生を開始した。

 心肺機能停止の直接の原因として最も考えられるのはどれか。1つ選べ。

1 急性心筋梗塞

2 肺血栓塞栓症

3 うっ血性心不全

4 ウイルス性肺炎

5 ウイルス性心筋炎





解答 2


解説:深部静脈血栓症(DVT)から肺塞栓症(PTE)への機序

傷病者は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」に罹患し、数日前から寝たきり(臥床)が続いていました。この背景と観察所見をパズルのように組み合わせると、1つの致命的なストーリーが完成します。

  • 2 肺血栓塞栓症(正解):

    • 血栓ができるまで(深部静脈血栓症:DVT): 数日間の長期臥床によって足の血流が滞ったこと、さらに新型コロナウイルス感染症自体が「血液が固まりやすくなる性質(高凝固状態)」を引き起こすため、左下肢の静脈の中に巨大な血の塊(血栓)が形成されました(これが「左下肢のむくみ」「左ふくらはぎの痛み」の原因です)。

    • 血栓が飛ぶ瞬間(排便後の突発): 本日、傷病者が「トイレに行った(いきんだ、または立ち上がって歩いた)」ことをきっかけに、足の静脈にあった血栓がペリッと剥がれて血流に乗り、下大静脈を経由して右心房・右心室を通り、肺の太い血管(肺動脈)にガツンと詰まりました

    • なぜ心停止に至ったか: 肺の血管が完全にブロックされたため、右心室は血液を前に押し出せなくなり、肺で酸素を取り込むこともできなくなります。これが「SpO2 75%の超低酸素血症」、血液が戻らなくなって首の血管がパンパンに腫れる「外頸静脈怒張(がいけいじょうみゃくどちょう)」、そして心臓から全身へ送る血流が途絶えた「血圧76/52 mmHg(閉塞性ショック)」の正体です。肺の音自体は綺麗(「異常呼吸音を聴取しない」)なのも、原因が空気の通り道(気管支)ではなく「血管の目詰まり」だからです。このショックと低酸素が極限に達し、搬送中に心停止へと至りました。

他の選択肢の分析(なぜ否定できるのか)

  • 1 急性心筋梗塞: 突然のショックや心停止の原因になりますが、「左ふくらはぎのむくみ・痛み」や、肺の血管が詰まることで起きる「外頸静脈怒張」をこれほどきれいに説明することはできません。

  • 3 うっ血性心不全: 第15問で解説した通り、心不全による肺水腫であれば、全肺野で「水泡音(パチパチという音)」が聞こえ、ピンク色の泡立つ痰が出るはずです。本症例は「異常呼吸音を聴取しない」と明記されているため否定できます。

  • 4 ウイルス性肺炎: 新型コロナによる肺炎であれば、数日前から徐々に(グラデーションを伴って)息苦しさが悪化し、聴診でも肺雑音(捻髪音など)が聞こえるはずです。「トイレに行った後から急に息苦しくなった」という秒単位の突発発症の経過とは一致しません。

  • 5 ウイルス性心筋炎: 心不全やショック、不整脈の原因になりますが、やはり「左下肢の局所症状(血栓症のサイン)」との結びつきがありません。

救急救命士としての臨床的視点:心停止波形の予測と「PEA」への対応

  1. 心停止時の波形は「PEA(無脈性電気活動)」: 肺塞栓症によって心停止に陥った場合、モニター心電図には高確率で PEA (心電図の波形は出ているのに、心臓の物理的な目詰まりのせいで脈が全く触れない状態)が記録されます。第17問のロジックの通り、電気ショックは適応外(Non-shockable)となるため、「絶え間ない胸骨圧迫 + 早期のアドレナリン投与の指示要請」が治療の主軸となります。

  2. 臨床現場での「問診」の破壊力: 救急隊が現場に到着した際、「急に息が苦しくなった」という主訴だけでは原因が分かりません。しかし家族から「最近コロナでずっと寝込んでいた」「そういえば足が痛いと言っていた」「トイレから出てきた途端に倒れた」というキーワードを聴取できれば、CTを撮る前であっても「肺塞栓によるショックだ、急変(心停止)するぞ!」と完全に身構えることができます。

  3. 搬送中の急変への覚悟: 急性肺塞栓症は、救急車内で最も急変(心停止)しやすい疾患の筆頭格です。血圧76 mmHg、SpO2 75%というバイタルを見た時点で、隊長は「一分一秒を争うロード&ゴー」を宣言し、車内ではいつ心停止してもいいようにBVMや除細動器、特定行為(アドレナリン投与)の資器材を完全に手元に広げた状態で、超厳重警戒を維持しながら走行します。

まとめ:長期臥床・コロナ + 片足のむくみ・痛み(DVT) + トイレ後に突然の激しい息切れ(PTE) = 肺血栓塞栓症(閉塞性ショック) = 車内での心停止(PEA)を最大警戒せよ!」 臨床医学において「絶対に見落としてはならない致命的疾患」のサインをこれでもかと詰め込んだ、救急隊の現場判断能力を鍛えるための超名問です。


第49回D問題 第12問 在宅人工呼吸療法中の傷病者に発生した超緊急事態(呼吸不全・心停止寸前)に対する、救急隊の最優先アクションを問う問題

12 56歳の男性。筋萎縮性側索硬化症のため在宅でマスクによる非侵襲的陽圧換気(NPPV)を行っていた。人工呼吸器のアラームが鳴り目を開けなくなったため家族が救急要請した。

 救急隊到着時観察所見:意識JCS 300。呼吸数8/分。脈拍62/分。血圧100/80 mmHg。SpO2値 72%。

直ちに行うべきことはどれか。1つ選べ。

1 高濃度酸素投与

2 主治医への連絡

3 人工呼吸器の点検

4 静脈路確保および輸液

5 バッグ・バルブ・マスク換気


解答 5


解説:生命の危機に対する「ABC」の原則と最優先処置

傷病者は筋萎縮性側索硬化症(ALS)の既往があり、自宅でNPPV(マスクを用いた人工呼吸器)を使用していましたが、機械のアラーム鳴動とともに意識がJCS 300(完全な昏睡)にまで悪化しています。

  • 5 バッグ・バルブ・マスク換気(正解):

    • 絶対的な換気不全: バイタルサインを見ると、呼吸数が 8/分(著しい徐呼吸)、さらに SpO2値が 72% と、今すぐに心停止に至ってもおかしくない致命的な低酸素血症(終末期の呼吸不全状態)に陥っています。

    • 救急医学の大原則(Airway & Breathing): 救急隊が現場に到着した際、目の前の傷病者が窒息しかけている、あるいは呼吸が止まりかけている場合の鉄則は「A(気道確保)をして、ただちに B(人工呼吸・換気)を行うこと」です。

    • 人工呼吸器から受けていたサポートが途切れた(あるいは設定が合わなくなった)ことで二酸化炭素が溜まり、意識を失った(CO2ナルコーシスなど)可能性が極めて高いため、医療用マスクを外し、手動のバッグ・バルブ・マスク(BVM)を用いて外から強制的に換気(空気を送り込む)を行い、肺のガス交換を再開させることが一分一秒を争う最優先の活動となります。

他の選択肢の分析(なぜ後回しになるのか)

  • 1 高濃度酸素投与: 酸素をただ口元に流したり、リザーバーマスクで吸わせたりする処置(経鼻や簡易マスク投与)は、「傷病者自身が十分な深さと回数で息を吸えていること」が前提です。本症例は自発呼吸が8回/分しかなく、意識もありません。ただ酸素を当てるだけでは肺の奥まで届かない(換気量が足りない)ため、BVMによる「加圧換気」が必要です。

  • 2 主治医への連絡 / 3 人工呼吸器の点検: これらは現場の状況把握や今後の搬送先選定において非常に重要ですが、「傷病者の命(バイタル)が維持できていること」が前提の行動です。目の前でSpO2 72%の傷病者を放置して機械を触ったり電話をかけたりしていては、その間に心停止(Asystoleなど)に至ってしまいます。これらは換気処置を他の隊員が開始した後に、並行して(あるいは車内移動中に)行うべきタスクです。

  • 4 静脈路確保および輸液: 「C(循環)」に対するアプローチです。本症例の血圧(100/80 mmHg)や脈拍(62/分)は、現在の超低酸素状態を考えると首の皮一枚で保たれている状態(このあと徐脈から心停止へ移行する直前)です。根本原因は「呼吸(B)」の破綻であるため、ルートを取る前にまず換気が最優先されます。

救急救命士としての臨床的視点:在宅医療機器トラブルへの構え

  1. 「機械を信じるな、傷病者を見ろ」: 在宅人工呼吸器(NPPVや気管切開を伴うTPPV)のトラブルで救急要請があった場合、現場で救急隊がアラームの原因(回路の外れ、結露、設定エラー、機械の故障など)をあちこち探して解決しようとするのは時間のロスです。「アラームが鳴って本人の状態が悪い = すぐに機械を外して自分たちの手で(BVMで)揉む(換気する)」が、臨床における絶対のルールです。

  2. ALS傷病者における換気時の注意点: ALS(神経難病)の傷病者は呼吸筋が著しく萎縮しているため、肺や胸郭が非常に硬くなっている(コンプライアンスの低下)ことがあります。BVMで換気を行う際は、無理に強い圧で揉み込むと肺を傷つける(気胸などの合併症)リスクがあるため、胸の上がり具合(目視)と、バッグを握る手の抵抗感(感触)を繊細に感じ取りながら、愛護的にかつ確実な換気を行います。

  3. 高濃度酸素の併用: BVM換気を行う際は、当然ながらバッグに酸素配管(毎分10L以上)を接続し、高濃度酸素をブレンドした状態で換気をします(選択肢1の「酸素投与だけ」とは異なり、「酸素を繋いだバッグでの換気」という意味になります)。これにより、72%まで下がったSpO2を速やかに安全圏内へと押し戻します。

まとめ:在宅人工呼吸器のアラーム + 完全な意識障害 + SpO2 72% = 超緊急の換気不全 = 機械をすぐ外してバッグ・バルブ・マスク換気を直ちに開始!」 臨床医学の基本である「救急のABC(まずは気道と呼吸!)」の優先順位を、在宅医療という現代的なシチュエーションを通して確認する、非常に実践的で重要な一問です。

第49回D問題 第13問 過換気症候群(過換気状態)における呼吸生理学的な変化と、血液ガスデータ(PaCO2)の動態を的確に結びつけられるかを問う問題

13 24歳の女性。新しい職場に就職したばかりで仕事に習熟することができず疲労が蓄積していた。仕事を終えて帰宅後、息苦しさと動悸とを感じ「息を吸っても吸っても空気が足りない。」、「このまま死んでしまうのではないか。」と不安になり、救急要請した。

 救急隊到着時観察所見:意識清明。呼吸数40/分。脈拍66/分。血圧98/64 mmHg。体温36.2℃。SpO2値 100%(室内気)。呼吸音は正常である。心電図モニター波形(別冊No.8)を別に示す。

 この病態で予測されるPaCO2(動脈血二酸化炭素分圧)はどれか。1つ選べ。

1 20 mmHg

2 40 mmHg

3 60 mmHg

4 80 mmHg

5 100 mmHg






解答 1


解説:過換気症候群の病態生理

傷病者は24歳の若年女性で、新しい職場でのストレスや疲労の蓄積を背景に、精神的な不安から急激な息苦しさを発症しています。

バイタルサインと所見を見ると、過換気症候群の典型的な特徴がすべて揃っています。

  • 呼吸数 40/分: 成人の正常な呼吸数(12~20回/分)を大幅に超える、著しい頻呼吸です。

  • SpO2 100%(室内気): 空気(21%の酸素)を吸っているだけで、血液中の酸素は100%満タンになっています(肺でのガス交換自体に問題がない証拠です)。

  • 呼吸音・心電図が正常: 気管支喘息や気胸などの器質的な呼吸器疾患、あるいは危険な不整脈など、体に物理的な異常がないことを示しています。

なぜ PaCO2 が 20 mmHg になるのか?

  • PaCO2(動脈血二酸化炭素分圧)の正常値は「約 40 mmHg」です。

  • 二酸化炭素(CO2)は、肺から息を吐き出すことによって体外へ排出されます。

  • 本症例のように、ハァハァと1分間に40回もの異常なハイペースで浅く速い呼吸(過換気)を繰り返すと、体内で作られる量をはるかに上回るスピードで、CO2が肺からドバドバと外へ吐き出されて(洗い流されて)しまいます

  • その結果、血液中の二酸化炭素が異常に少なくなり、PaCO2は正常値(40 mmHg)の半分近くである 20 mmHg あたりまで急激に低下します。

この状態を「呼吸性アルカローシス(血液がアルカリ性に傾く状態)」と呼び、これによって手足のしびれや硬直(テタニー)、さらなる不安感や頭痛が引き起こされます。

他の選択肢の分析

  • 2 40 mmHg: 健常者の正常値です。これだけ激しい頻呼吸をしている状態でCO2が正常値にとどまることはありません。

  • 3 60 mmHg / 4 80 mmHg / 5 100 mmHg: これらはすべて正常より高い状態、つまり「高CO2血症(CO2ナルコーシスなど)」の数値です。呼吸不全で息が十分に吐けなくなっている状態(例:COPDの悪化、重症喘息、意識障害による呼吸抑制など)で予測される数値であり、過換気とは真逆の病態です。

救急救命士としての臨床的視点:現場でのアプローチ

  1. ペーパーバッグ法は「原則禁忌」: かつては紙袋を口に当てて吐いた息(CO2)を吸わせる方法(ペーパーバッグ法)が行われていましたが、現在は救急現場では原則行いません。万が一、この過換気の原因が「心筋梗塞」や「肺塞栓症(エコノミークラス症候群)」などの命に関わる大病だった場合、袋をあてることで深刻な低酸素血症を引き起こし、傷病者を死に至らしめるリスクがあるためです(本症例はSpO2 100%ですが、現場でのルーチン化を防ぐ意味でも禁忌と教えられます)。

  2. 不安の受容と言語的アプローチ(コーチング): 傷病者は「このまま死んでしまうのではないか」とパニックに陥っています。まずは「大丈夫ですよ」「検査でも心臓や肺の音はとても綺麗ですからね」と安心感を与え、同調することが最大の治療です。 救急隊員が自分の呼吸を「吸ってー、吐いてー、スー、ハー」とゆっくり見せて真似をさせたり、数を数えさせたりして、呼吸数を20回/分以下に落ち着かせるよう誘導します。

  3. 器質的疾患の「除外」を怠らない: 「若い女性の精神的な息苦しさ=過換気症候群」と最初から決めつけるのは非常に危険です。前述の通り、肺塞栓症や気胸、糖尿病性ケトアシドーシス(代謝性アシドーシスの代償としての呼吸)などでも全く同じように激しい過換気になることがあります。聴診での左右差の確認、病歴の聴取、そして心電図モニターで虚血性変化(ST変化)がないかをしっかり確認するプロセスが、プロの救急救命士として求められます。

まとめ:過換気 = 息を吐きすぎて体内の二酸化炭素がスカスカになる(PaCO2低下) = 正常(40)の半分である 20 mmHg を選ぶ!」 バイタルサインの数字から体内のミクロな血液ガス(生理学)の動態をパーフェクトに読み解く、非常にスマートな良問です。


第49回D問題 第1問 自殺企図(薬物過量服薬)における傷病者の拒否的な「意思表示」に対し、救急隊が命を救うために強制力を伴う搬送・介入を行った根拠を、医療倫理・生命倫理の基本原則(ビーチャムとチルドレスの4原則など)に基づいて学術的に整理できるかを問う問題

1 22歳の女性。数年来、双極性障害で通院している。過剰服薬による救急搬送も複数回あり、現在は自宅療養中で両親と同居している。母親が部屋に行くと、呼名に反応がなく、「死なせてほしい」というメモと多数の薬の空シートがあったため、救急要請した。  救急隊到着時観察所見:意識JCS 1...