16 45歳の男性。突然意識が悪くなったため、家族が救急要請した。
救急隊到着時観察所見:意識JCS 30。呼吸数16/分。脈拍80/分、整。血圧204/110 mmHg。SpO2値 96%(室内気)。瞳孔は両側とも3mm、対光反射迅速。右共同偏視、左上下肢の完全麻痺および左顔面麻痺を認める。家族から糖尿病と高血圧とで病院に通院していることを聴取した。
この傷病者で疑われる病変部位はどれか。1つ選べ。
1 右大脳半球
2 左大脳半球
3 小脳
4 橋
5 延髄
解答 1
解説:偏視と運動麻痺のクロス(交差)ロジック
傷病者の背景と、バイタルサインにおける著しい高血圧(204/110 mmHg)、JCS 30の意識障害、そして典型的な局所神経症状から、右大脳半球の急性脳卒中(脳出血や脳梗塞など)と判断できます。
この問題を解く鍵は、「目の向き(偏視)」と「手足の麻痺」の関係性にあります。
左上下肢の完全麻痺 + 左顔面麻痺(錐体路の交差):
脳の運動神経の通り道(錐体路:すいたいろ)は、延髄のあたりで左右が入れ替わり(錐体交差)、反対側の手足を支配します。
本症例では「左側」の手足および顔面が麻痺しているため、運動の命令を出している大元である「右側の脳(右大脳半球)」に障害があることが分かります。
右共同偏視(みぎきょうどうへんし):
共同偏視とは、両方の目が揃ってどちらか一方の隅をじっと睨みつけてしまう(視線が固定される)症状です。
大脳(前頭葉の側方注視中枢)に破壊的な病変(脳出血や脳梗塞)が起きると、目は「病変のある側(やられている脳の側)を睨む」という特性があります。
本症例では「右側」を睨んでいる(右共同偏視)ため、やはり右大脳半球に病変があるという事実と完全に一致します。
他の選択肢の分析
2 左大脳半球: もし左大脳半球の障害であれば、神経の交差により「右上下肢の麻痺・右顔面麻痺」が起こり、目は病変側である「左共同偏視」を呈するため、本症例とは真逆になります。
3 小脳: 前問(第20問)で触れた通り、小脳の障害では「腕が思い通り動かない(運動失調)」や「激しいめまい」「言葉のもつれ(構音障害)」が主症状となります。本症例のような、顔面を含んだ明確な「片側の完全麻痺」や強い「共同偏視」を来すことはありません。
4 橋(きょう) / 5 延髄(えんずい): これらは「脳幹(のうかん)」と呼ばれる部位です。
特に「橋」の出血(橋出血)は国試の超頻出疾患ですが、ここがやられると、目は病変と「反対側」を睨む(病巣対側偏視)ため左を向くことになります。さらに、瞳孔が2mm以下に極めて小さくなる「ピンポイント・プピル(針尖瞳孔)」や、両手足が全て麻痺する「四肢麻痺」、あるいはJCS 300の「深昏睡」に陥るのが特徴です。
本症例は瞳孔3mm(正円・同大)、対光反射迅速であり、意識もJCS 30にとどまっているため、脳幹ではなく「大脳(皮質下・内包付近)」の病変であると否定できます。
救急救命士としての臨床的視点:脳卒中スケールとt-PAへの時間管理
現場での脳卒中スケール(CPSSやISLS)の活用: 救急隊は現場で「顔面の非対称(顔面麻痺)」「片側の腕の下垂(上肢麻痺)」「発話の異常」の3つを評価するシンシナティ脳卒中スケール(CPSS)などを実施します。本症例は、これらを完全に満たす典型的な脳血管障害です。
「右脳の脳卒中」で見落としがちな症状: 左の脳(優位半球)がやられると「言葉が出なくなる(失語症)」が前面に出るため家族も異変に気づきやすいですが、本症例のような右の脳(劣位半球)の障害では、失語症が出ない代わりに、自分の麻痺に気づかない(病態失認)や、左側にあるものを見落とす(半側空間無視)といった特殊な高次脳機能障害を合併することがあります。意識障害(JCS 30)があるため今回は評価が難しいですが、右脳病変の特徴として知識を持っておくことが重宝されます。
発症時刻(Last Known Well)の確定: 脳梗塞であった場合、超急性期治療である t-PA(血栓溶解療法) は発症から4.5時間以内、カテーテルによる 血管内皮塞栓回収術 は24時間以内など、治療のタイムリミットが厳格に決まっています。家族から「最後に元気な姿を見たのは何時何分か」を秒単位で聴取し、直ちに脳神経外科・脳卒中専門医が待機する病院(ストロークセンター)を選定して搬送します。
まとめ: 「左側の麻痺(手足・顔) + 右側を睨む目(共同偏視) = 右大脳半球の病変(脳卒中) = タイムリミットを意識して脳外科専門病院へ!」 解剖学的な神経の交差と、眼球偏視のルールを組み合わせることで、CTを撮る前の現場の段階で病変の位置をピタッと特定できる、臨床の面白さが詰まった一問です。
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